楽園違い
土曜日の夕ご飯の時間帯にテレビをつけていると「人生の楽園」という番組があります。でも、私はこの番組が大嫌いでチャンネルを変えるのです。あくまで、人工内耳は装用していないので、音声は聞こえず画面だけを観てのことです。
どうして大嫌いなのか? …大抵が都会暮らしから田舎に移住した夫婦の話ばかりで、そこそこの豊かな住まいに住み、パン屋をしたり、レストランを開いたり、野菜を栽培して売ったり…とかなのですよね。ある程度の財産を持ち、年収がなければ、こんなことは出来ないのでしょう。貧乏な話ではない。それで「物があふれている生活」を楽園と断定するのは何だか的外れのような気がするのです。自由な時間が沢山あり、お金さえあれば「楽園になる」といった誤解でしょうか。
私は「人生の楽園」とは「物がない生活」からが出発だと思います。何もないところから、1つ1つの事象に感謝し、その、ありがた味に気づいて行く生活です。…大体、私は生まれた時が貧しかったので、あれもこれも揃っている所がどうも苦手で、狭い場所の方が落ち着けるのです。根っからの貧乏性。…でも、何もないのが当たり前だったこともあるでしょうが、私にとってはたぶん、そこが唯一の「楽園」だったのじゃないかな? だから、わざわざ、定年後の暮らしや、田舎暮らしに「楽園」を見つけに行く必要はないのです。
画像は母が育てている庭のミニトマトです。さっき庭に出て、2つちぎって外の水道で洗って食べてみました。おいしかったです。塩を持って出れば良かったです。今日も地震がありました。
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